徳島・祖谷(いや)を訪ねて
 徳島には、何度も行っていますが、一度行ってみたいと思っていた場所を、今回、はじめて訪ねました。
知る人ぞ知る、山間部の村、祖谷(いや)です。深い山と渓谷。暖かく穏やかなイメージのある四国に、こんな厳しい山渓があったのかと驚きます。

 この村に、30年も昔に、アレックス・カーというアメリカ人の若者が住み着き、日本のすばらしさに感動し、そして高度成長時代に、こんな山奥にまで押し寄せる開発の波に嫌気がさして、山を降り、今、また、次の時代への期待をかけて、この地に古民家を改造して欧米人の若者が集う宿を構えています。今や、この村は、欧米人のある種の若者にとって、日本の聖地になっているようです。
 アレックス・カーさんは、「美しき日本の残残像」という本を書かれています。読んでいて、私達日本人が失ったものの大きさに涙が出てきます。

深い山
 祖谷を訪れて、驚いたのは、山の深さと渓谷の険しさです。長野に、よく行くのですが、長野の山がかわいらしく思えたほどです。
 深い山。けれど、人間の開発の爪あとは、こんなところにまで無残に及んでいて、悲しくもあります。まさに、それがアレックス・カーさんが山を降りた理由なのです。
 それでも、まだまだ、空気はきれいですし、人々の暮らしは、都会人の暮らしとは、大きく異なるものです。
  
 祖谷には、剣山(けんざん、またはつるぎさん)という不思議な伝説に満ちた山があります。 日本人のルーツは、ユダヤ人ではないかという裏の歴史話(ユダヤ人・日本人同祖説)があるのですが、この地の人々は、当たり前のように、その話を知っています。
 
 ユダヤ教と神道には、不思議な共通性があるのです。四国といえば、弘法大師の開いた八十八箇所で有名ですが、この神秘的な土地に、お寺がほとんどないのです。弘法大師も、この土地の神道との関わりの深さに遠慮して足を踏み入れられなかったらしいのです。
 
 イスラエルの失われた秘宝
(映画「インディ・ジョーンズ」で出てきた話ですね)が、この山に眠っているという伝説もあって、戦争中に日本軍が宝探しをしたという話も。

名所、かずら橋
 祖谷で最も有名な”かずら橋”です。昔は、だいじな交通手段だった橋ですが、今は、さすがに観光名所となっています。ゆらゆら揺れますし、足元はちょっと油断すると、足が網目から飛び出してしまいそう。
 
 てすりをつかまりながら、ゆっくりゆっくりとしか歩けません。安全の前に、そんな効率の悪い橋は、スピード時代の今の世の中に、日常的な交通手段にはならないのでしょう。それでも、観光資源としてでも、残してくれたことが、本当にありがたく思えるのです。
 年配の方が多いけれど、わりとさっさと歩いておられます。昔は、こんな橋が多かったのでしょうかって、まさかね(^^) 手すり越しに眺められる、すぐ隣にあるコンクリートの橋。かずら橋は、一方通行で、帰りは、コンクリート橋を渡って帰ります。
足元の写真。下に写っているのが、私の右足。こんなに空いているんですよ〜!
 こわすぎです!!
名物のでこまわし。上から、じゃがいも、豆腐、こんにゃくが刺さった田楽です。

山の暮らし
 祖谷と言われる地区は、想像以上に広く、奥祖谷と言われる山奥までは、バスで2時間以上かかります。途中途中に、集落はありますが、お店は数えるほど。コンビニなんて、まったくありません。家と家の距離は、平気で1Km、2Kmあります。けれど、村の人が言うには、「遠くても、都会のマンションの隣同士より、濃い付き合いがあると思うよ」。確かに、そうだと思います。

 12月に入って行ったので、バスの本数は、ほとんどなく、タクシー台数も限られているので、奥祖谷まで行くと、後は、どこでも歩いていくことに。私は、ペーパードライバーなので、こんな土地に行ったときに、不便だと思って、数年前に、自動車学校に再入学したことがあります。けれど、すぐに諦めました。あの曲がりくねった山道は、慣れていない人間には、無理です。
 それで、宿から、一番近い落合集落まで、半日かけて、往復15Kmを歩きました。帰ってくると、宿の皆さんの間で評判になっていました。そう、都会人は、地方の人に比べると、割と歩くの平気なんですよ!これだけは、自慢できます。
一番賑やかな商店街。でも、誰も歩いていない。 どのおうちにも、こうやっていろんな野菜や果物が干してあります。冷蔵庫に頼り過ぎない生活の知恵です。
祖谷に、こうしたお人形をつくる方がいるとかで、あちこちに等身大の人形が、まるで人と同じように居ます。 祖谷の中でも、古い家並みや石垣が残る落合集落。

奥祖谷のお宿
 お宿は、奥祖谷にある「いやしの温泉郷」。3セクが経営する木造建築です。”自然と共生した生活環境を目指して全館木造建築とし、「平成15年度 徳島県まちづくり環境大賞 優秀賞」を受賞いたしました。 ”というキャッチコピーに惹かれて、ここにしました。
 最近、あちこちの土地で、こういう木造建築のお宿が増えています。お値段は少し高いですが、普段、コンクリートのマンションに暮らしている身としては、わずかな時間の贅沢です。建物に一歩踏み入れるだけで、木造建築の心地よさが、敏感に感じられます。流れている空気が違うのです。

 最近、切れる人々が増えている理由のひとつは、建物の建材だということが、実感として分かります。(家族に切れる人が出てきたら、木造住宅への転居をお奨めします!!)

 このお宿には、温泉がありますが、その土地の人たちも、お風呂だけ入りに来ているので、お風呂で土地の人と話しが出来るのです。
 数人のおばあちゃんと話をしましたが、ひとりのおばあちゃんとは話が弾みすぎて、ふたりともゆでだこ状態。すっかり、のぼせてしまいました(^-^)
 無垢の木の柱が美しい。  山の植物との調和もきれいに保たれています。
 中庭に設けられたウッドデッキ。山のきれいな空気を吸いながら、お茶したら素敵でしょうが、12月では寒すぎました。 ロビー付近。暖かな灯りと、うまく調和しています。
あのお人形がここにも。作家の方が、この宿にお勤めとか。人の気配がして、振り向くと、このお人形が。最初ばかりでなく、このお人形の傍を通る度に。魂が入っているんですね。 部屋の内部。ドアや洗面所も、木材が、かなり取り入れられています。

蕎麦打ち体験
 この宿では、常時、蕎麦打ち体験の教室があります。蕎麦を打つのは、これが二度目。以前に、諏訪の高山製粉さんで教えて貰ったときは、あまりに太く切りすぎて、「青木さんのお蕎麦は、讃岐うどんみたい」と笑われたので、再挑戦です。
 今回は、もうひとりの男性とふたりで教わったのですが、先生に、「ふたりとも、とてもよく出来て、教え甲斐があった」と喜んで頂きました。
先生は、このお宿の専務さん。前は、郵便局長だったとか。一度だけ、教わって、後は、独学で先生をやっているそうです。すごい! 私の打ったお蕎麦。我ながら、よく出来ました。
自画自賛!
 最近、東京の青山で蕎麦打ち教室が盛況だとか。実際に、蕎麦を打つと、分かるのですが、(1)蕎麦をこねる、(2)蕎麦を伸ばす、(3)蕎麦と切るという3つの工程、それぞれが気の使い方が違うのです。”こねる”は、すばやく、”伸ばす”はやさしく、”切る”は丁寧に。

 打ったお蕎麦は、香りが違います。自分の打ったお蕎麦は、格別においしく、五感すべてが刺激されます。打っている間は、頭の中がからっぽになって、癒し効果抜群です。
一緒に教わった左の男性は、趣味で猟をやっておられるとか。この日も、山で鹿をしとめて車の中に獲物がおいてあるそう。

お宿の料理
 山の食材は、地味と言えば地味です。けれど、そういう一見地味な食材も、新鮮な地の物であれば、十分においしいのです。一昔前は、こういう山の中で、海の魚のお刺身などが出ていましたが、最近は、地の物をうまく使ったお料理が出てくるようになりました。
 しかも、器や見せ方にも気を使っていて、とてもおしゃれです。
前菜
 白和え、串(里芋、銀杏)、小豆羊羹
きのこの酢の物
あめご洗い そば米の天ぷら
(名物の祖谷蕎麦を、うまく使った料理です)
田楽(でこまわしがおしゃれな姿で) 鴨鍋

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