<はじめに>

 この本で書きたかったのは、顧客満足、従業員満足のためにITと取り組む店や会社の「物語」です私自身が長いこと、ITと関わり続けて、ITの難しさを実感してきました。コンピュータを導入したけれど、動かない例、ほこりを被っている例は枚挙に暇がありません。おまけに、ここ数年、コンピュータの使われ方が効率化だけから、コミュニケーションにも使われるようになり、余計に難しさは増しているようです。けれど、試行錯誤を繰り返しながら使いこなしている店や会社は、使いこなせていない店や会社に大きな差をつけ始めています。


 「幸福な家庭はみな同じように似ているが、不幸な家庭は不幸なさまもそれぞれ違うものだ。」というトルストイの名言があります。ITの場合は、まったく逆なのです。ITの失敗例はどれも同じように似ているが、ITの成功例はそれぞれ違うもの」です。成功に導いている店や企業には、それぞれの工夫があり、物語があり、どれとして同じではありません。たくさんの店や会社を見ながら、ITを使いこなしている裏には、こんな社長や従業員がいて、こんな会社や店の雰囲気があって、こんな出来事が起きていてと、そこには大きな感動があるのです。そうした物語があってのIT成功なのです。たくさんの成功された店や会社とお付き合いさせて頂き、本当にいいものを見せて頂いたという気持ちでいっぱいです。そういう感動を自分だけのものにしておくのは惜しい、多くの皆様にもこの感動をお伝えしたいという気持ちがこの本を書いたきっかけです。


 また、現在の日本は、制度疲労で様々な問題が起きています。産業界だけではなく、学校や家庭崩壊の問題。今の日本人は、あまり幸せと言える状態ではないようです。一昔前のモノがなかった時代には、会社や店は大量にモノを造り、大量にモノを市場に提供することで、人を幸せにしてきました。しかし、モノ余りの今の時代、会社や店の役割は変わってきているのではないでしょうか。


 資本主義の目的は売上・利益を上げることではなく、人の幸せをつくることだそうです。売上・利益を上げることは手段に過ぎなかったはずなのに、いつの間にか目的になってしまっていたのです。改めて、どうすれば、店や会社が人間を幸せにできる存在であるかを考え直す時代になっています。

 一方、コンピュータはITという形で総称されるようになり、性能が上がり、ノートや携帯電話と様々な形態に姿を変えてきました。大変、便利にはなったけれど、コンピュータは人間を幸せにしてきたのでしょうか。そのことに私は長いこと「?」を感じてきました。店や会社の役割が変わってきた以上、ITの役割も当然変わるべきと思っていたところ、今回取材させて頂いた企業で、コンピュータが人間を幸せにする可能性を感じることができ、とてもうれしく思っています。


 「うちは人間を相手に泥臭い商売をしている、ITなんて関係ない」と思われる経営者の皆様にこそ読んで頂きたいと思います。また、中小企業のIT導入に携わっているシステムエンジニアの皆様、私もかつては同業者でした。ITの技術だけ、企業の表面だけ見ているうちは、ITの真の価値を企業に提供することはできないのです。是非、システムエンジニアの皆様、その他、中小企業のITに関わる多くの皆様にも広く読んで頂ければ幸いです。

 最後に、この本に登場して頂いた10社の皆様に、かなり立ち入ったことまで書くことを快くご了解頂きましたこと、心よりお礼申し上げます。 また、この本を書くにあたり暖かいご支援を頂いた商業界の内呂民世氏、岡良雄氏、友人の伊藤律子氏、改田義之氏に深く感謝します。                                                                             200411                                       青木悠子